あいすみません

早期退職?セミリタイヤ?・・・いやいやダウンシフトです!「筋トレ」「読書」「映画&音楽&スポーツ鑑賞」で心身を整えています。

「あがり症」「緊張症」だから起業した

起業前(「あがり症」に苦しむサラリーマン時代)

わたしは大学卒業後から35歳までサラリーマンでした。

その間に同じ職種(イベント等の企画)で、3社に転職しています。

 

1社目は地方都市本社の東京支店

地方に本社があり東京が支店という、200人くらいのオーナー企業でした。

(この会社は今も存続して、息子が社長になってます)

クライアントも一部上場の大手企業が多く、

新卒社員でも各社の宣伝や販売促進部に伺い業務を行うことができました。

わたしは新卒社員でしたので、大学生の気質がわかるということで、

大学生狙いのイベントの企画などを担当していました。

 

この会社は、

幹部がすべて東京に単身赴任している地方の本社で成功した人、

という特殊な環境、特殊な人の集まりでした。

 

昭和の時代の残り香がする経営で、

朝礼終礼が有り、社歌の斉唱有り、

電通鬼10則のようなものの唱和有りでした。

順番で若い社員が前に行き、これの音頭取りをやらされます。

 

「あがり症」「緊張症」の人間が、こんなことできると思いますか?

自分の順番の前に、休日家で何回練習したことか。

これ最初に聞いていたら、間違いなく他の会社に入りました。

この会社は、1年で転職しました。

2社目はベンチャー企業

2社目はVCから資金調達し、上場を目指す会社でした。

(この会社は、現在も未上場ですが堅実にやってます)

社員も毎年30人入り28人辞めるという、

3年で社員がほぼ入れ替わる高校の部活のような会社です。

(採用コストは高くつくということは、この時に覚えました)

 

この会社はなんでも自分でやる必要があります。

教えてくれるような知識がある先輩はいませんから。

相手が上場企業の取締役だろうが、2年目の私がプレゼンです。

わたしの当時のレベル的には、申し訳ありませんという感じですが、

メチャクチャ仕事覚えました。

今でも感謝しています。

 

しかしながら気分は部活ですので、

社員旅行やパーティー、発表会など団体行動とイベントの連続。

宴会で上司から無理やり歌を歌うことを強要されるなど、

「あがり症」の人間に対する拷問が続いたので、

そのままいたかったのですが、

4年後に同じ業界の中堅企業からスカウトを受けたので転職を選びました。

3社目は業界の中堅

3社目は業界で確かな地位を築いた中堅企業です。

(この会社は後に上場企業にM&Aで吸収されました)

みなさんひと癖もふた癖もある方ばかりで、

常に仕事は自分の技の披露大会。

「どうだ!おれ(あたし)すごいだろう」と見せ合う日々でした。

疲れますね。

 

スカウトの時に、社長から「うちは自由で、年齢関係ないから」

と説明されてたのですが、嘘でした。

上からの指示に毎日翻弄されヘトヘトです。

時代はバブルでしたし・・・・。

やったもん勝ちな時代でした。

 

でもこの会社は、仕事のknow-how(ノウ・ハウ)や、

業界で優秀なひとのknow-who(ノウ・フー)は、

たくさん得ることができました。

 

そしてその後、2社目のベンチャー企業から、

マネージャーで戻らないかというオファーを頂き、

またあの部活の雰囲気でやれるか悩んだのですが、

当時は「あがり症」をねじ伏せようと思っていたので、

トライを決断し元の会社に出戻りしました。

(4年後に昔の仲間が上司で戻ってきた、給与も高そうだ、

 という噂が社内に蔓延し、最初はギクシャクしましたが・・)

 

サラリーマン生活と生き方が合わなかった

そんなサラリーマン生活でしたが、

わたしは35歳の時にサラリーマンを辞め、自分でやることにしました。

 

企画あり、プレゼンあり、準備も重要、現場で爆発、

という業務内容でしたので、

仕事の面では好きな仕事につくことができ充実の日々でした。

しかも当時所属の会社で自分の担当部門の人数も30人を超え、

事業部長になり役員会にも呼ばれるようになっていた中、

急に辞意を表明したので、周りの人は驚いていました。

(この外から見ると良いポジションを捨てて、次に移動するということを、

 その後は繰り返しています)

 

でも、内情は限界でした。

他人に左右され右往左往し、

どちらかというと社風が、強い者が勝つ、お祭り大好き、

文系サークル出身者の集まりのくせに、

なぜか人当たりが強いという会社でした。

そういう自分もある時は、下の若い人や経験が少ない人を、

むりやり従わせていました。

自分の当時の行動は、いばる、怒る、の悪い『る』ふたつです。

 自分がやられると嫌なことを、自分がしていると気がついたとき、

これは生き方変える時期だな、と思ったのです。

 

団体行動がサラリーマン時代どうしてもダメだった

団体行動は「あがり症」「緊張症」のわたしが、

サラリーマン時代に一番苦手な状況のひとつでした。

 

ベンチャーという事もあり、同世代の人間が約200人、

ひしめき合い、内も外も常に闘い、毎日がノルマンディ上陸作戦

というくらいのカオスでした。

 

いばられるのにも疲れ、いばるのも疲れ、

怒られるのにも疲れ、怒るのもつかれ、

しかも<赤信号みんなで渡れば怖くない>ということで、

団体行動の和を乱さないことが重要でしたので、

「あがり症」のわたしと会社の、

行動気質が合わなくなっていました。

 

たとえば・・・

この会社は社員旅行が大好きです。ノリがサークルですので。

わたしは・・・・・大嫌いです。

本社前からバスに乗り、温泉観光地に連れて行かれます。

バスの中のリクリエーションなど一芸の疲労を強要され、

集合旅行の時の無理やり歌うたわされたことがフラッシュバックし、

もう本当に勘弁してほしい状況です。

 

「あがり症」「緊張症」のわたしは、

団体行動時には、なぜかお腹が痛くなる(ような気がする)傾向もあります。

旅なら今でも、一人か家族などの最少人数です。

必死に耐えて、夜の宴会はとにかく目立たないようにして

(ほかの社員は芸を披露したりしてました)耐え忍び、

逃げだせるようにしました。

 

そして翌日の早朝、みんなが前夜の深酒で寝ているときに、

ひとりタクシーを呼び、宿を離れ、電車で帰京しました。

数日前から仕事で朝イチで戻らなければならないと言いまくり、

上司にも認めさせておいたのです。

もちろん、自分の心が折れないようにするための嘘です。

 

他の方から見ると、

何でそんなことぐらいで大騒ぎなの?と不思議に思われることでしょう。

でも「あがり症」や「緊張症」の人間は、

会社に勤めていると、

こんな面倒なことを毎日毎日延々と続けなければならないので、

心が解放される瞬間が少ないのです。

 

同じ業種で起業し「あがり症」の制約から解放

わたしは、この面倒な状況を回避する方法は無いか、

「あがり症」「緊張症」を自覚した前提で、

ずっと何年も考えていました。

 

そして出た結論は!

自分で事業をやることでした。

他人から命令されたり、強要されたりしない為には、

その影響を受けない状況を創るしかない、ということです。

 

「あがり症」の人が起業するメリットは

1:行動を自分で決められる

2:いやなことはやらなくても良い

3:他人に強要されない

 

自分が経営者ならば、

社員旅行はやらないと自分で決めればよい、

宴会はみんなが喜ぶのであればやりますが、

一芸の披露やカラオケで無理やり歌わせることはしない、

と決めればよい。

起業して、自分の人生を取り戻すような気持でした。

 

えっ?起業にはリスクがあるって?

それはもちろんメッチャあります。

でもリスクを心配するよりも、

心の状況がもっとギリギリ切羽詰まっていて、

やるしかない!という心境になったのです。

 

1:大きな借金をしないで、

2:自分が今までやってきた得意とすることを事業にすれば、

3:大失敗はするはずがない、

という自信もありました。

 

はたして結果は?

=成功でした!

 

まだ「あがり症」や「緊張症」を、

努力や精神力でねじ伏せてやろうと考えていた時期でしたので、

その後も症状による苦労はあったのですが、

自分の人生をコントロールできる状況が作れました。

 

起業の理由(=きっかけ)としては

あまりないことかもしれませんが、

当時のわたしが、サラリーマンを辞め起業を選んだ理由は、

「あがり症」「緊張症」から解放され、

自分の人生の質を高めることが主な目的だったのです。